奥深きインドブログ

乳海の攪拌「サムドラ・マンタン」:インド神話シリーズ

ヴィシュヌとその化身

ヒンドゥー教では、ブラフマー(ब्रह्मा)が創造の神様、ヴィシュヌ(विष्णु)が維持の神様、シヴァ(शिव)が破壊の神様とされています。創造が腐敗し、善と悪の戦いにおいて悪が善を圧倒する脅威が生じたとき、維持の神様であるヴィシュヌが物質界に降臨して道徳と均衡を回復させると考えられています。

神様が物質界に降臨することを「アヴァタール」(अवतार、一般的には「化身」と訳されますが、文字通りには「降臨」を意味します)と呼びます。ヴィシュヌには多くのアヴァタールがありますが、特に有名なのはその内十の化身。順番にマツヤ(मत्स्य、魚)、クールマ(कूर्म、亀)、ヴァラーハ(वराह、猪)、ナラシンハ(नरसिंह、人獅子)、ヴァーマナ(वामन、矮人)、パラシュラーマ(परशुराम)、ラーマ(राम)、クリシュナ(कृष्ण)、ブッダ(बुद्ध)、そしてカルキ(कल्कि)だとされます。

十の化身(ダシャーヴァタール、दशावतार)にはそれぞれ物語があり、最も有名なのはラーマのアヴァタールに関連する『ラーマーヤナ』と、クリシュナのアヴァタールに関連する『マハーバーラタ』です。

『ラーマーヤナ』(रामायण)と『マハーバーラタ』(महाभारत)は壮大な叙事詩であり、世界最高の文学作品の中に数えられると思います。ブッダの生涯は、もちろん、歴史上も記録されています。一方、カルキは未来のアヴァタールと考えられており、まだ到来していません。

しかし、初期のアヴァタールの物語の多くは詳細が曖昧です。これらの非常に古い物語は、時間の経過とともに不明瞭になったり、歪んだりしており、場合によっては文脈が失われていますが、これは私の探偵心を呼び起こします(笑)。このような古代物語にはインドの古代史を理解するための大事な未解読の手がかりが沢山隠されていると思うからです。

今回は、ヴィシュヌのクールマ・アヴァタール(कूर्मावतार)を調査の対象としたいと思います。このアヴァタールの物語は、サムドラ・マンタン(समुद्र मंथन、すなわち「海の攪拌」)またはクシーラ・サーガラ・マンタン(क्षीरसागर मंथन、すなわち「乳海の攪拌」)とも呼ばれ、インドだけでなく東南アジアでも広く人気があります。

サムドラ・マンタンを描いた芸術作品、バンコク、スワンナプーム空港、写真:Shashishekhar, licensed under the Creative CommonsAttribution-Share Alike 4.0 International license

クールマ・アヴァタールの物語の大部分は、時間の経過とともに失われたり歪められたりした可能性がありますが、残っている部分には多くの天文現象の描写が込められています。元の物語にはもっと沢山、古代の天文知識が含まれていたかもしれませんが、残念ながら今それが失われてしまっています。

デーヴァとアスラとは何か

「ヴェーダ」や「プラーナ」等、インドの古代聖典に見られる物語のほとんどがデーヴァ(देव、神々)とアスラ(असुर、反神)の間の戦いについてです。常にデーヴァとアスラが戦いを繰り広げ、最終的にはデーヴァが勝利します。クールマ・アヴァタールの物語も例外ではありません。

しかし、話に入る前に、デーヴァとアスラが何を表しているのか、簡単に考えてみたいと思います。

サンスクリット語の「デーヴァ」(देव)という言葉は、ディヴィヤ(दिव्य)やデュ(द्यु)といった言葉と関連しており、それらの意味はすべて光に関係しています。デーヴァの同義語はスラ(सुर)であり、これはスーリヤ(सूर्य、太陽)と関連しており、これもまた光に関係しています。したがって、デーヴァが光を放つ存在であることは明らかです。これは文字通り(輝いているものと)または比喩的に(啓発された、または善であることを意味すると)解釈できます。

デーヴァの対極にあるのがアスラ(असुर)で、文字通りア+スラ(=「スラではない」の意味)です。これもまた、文字通り(光を放たないものと)または比喩的に(無知または邪悪であることを意味すると)解釈できます。

クールマ・アヴァタールの物語においては、デーヴァとアスラの文字通りの意味を採用したいと思います。つまり、デーヴァを夜空の光を放つ物体、アスラをその間の暗黒物質と見なしましょう。

クールマ・アヴァタールの物語

物語によると、アスラが非常に強力になり、デーヴァはすべての戦いで敗北しはじめました。デーヴァはヴィシュヌに助けを求めて、力と影響力を取り戻せるよう懇願した。ヴィシュヌは、乳海(クシーラ・サーガラ、क्षीरसागर)を攪拌してアムリット(अमृत、不死の霊薬)を得ることを提案しました。

しかし、デーヴァだけで海を攪拌することは不可能であったため、ヴィシュヌはアスラの助けも借りることを提案しました。

デーヴァとアスラは海の攪拌に取りかかりました。彼らはマンダラ山(मन्दर पर्वत)を攪拌棒として使い、ヴァースキ(वासुकि、蛇の王、通常シヴァ神の首に巻かれている)を攪拌のロープとして使用しました。しかし攪拌し始めると、マンダラ山が海に沈みかけるのに気が付きました。この問題を解決するために、ヴィシュヌは亀(クールマ、कूर्म)の姿をとり、山を支える堅固な基盤となってあげました。

デーヴァとアスラが攪拌を続けると、いくつかの出来事が順番に起こりました。まず、ハラーハラ(हलाहल)と呼ばれる致命的な毒(古代の文献では青黒く燃え盛る毒として記述されている)が現れました。デーヴァとアスラはこれを吸い込んだ後、ハエのようにつぎつぎと死に始めました。

彼らはシヴァ神に助けを求めて駆け寄り、シヴァ神は大いなる慈悲をもってその毒を吸い込み、喉に留めました。結果、シヴァ神の喉は青くなり、これにより彼はニーラカンタ(नीलकण्ठ、青い喉の者)という名前を得ました。

攪拌が再開され、今度は海から宝物(ラトナ、रत्न)が一つずつ現れ始めました。物語の版本によっては、9つ、14つ、あるいはそれ以上の宝物がリストされていますが、最も重要な宝物はダンヴァンタリ(धन्वन्तरि、星界の薬師)と彼が持ったアムリット(不死の霊薬)の瓶でした。

デーヴァとアスラはアムリットを巡って争い始めましたが、ヴィシュヌはモーヒニー(मोहिनी、魅惑的な女性)に変装し、皆に列に並んで順番を待つよう説得しました。モーヒニーは瓶を取り、デーヴァから始めてアムリットをくばり始めました。

殆どのアスラは我慢強く順番を待っていましたが、中のひとり、スヴァルバーヌ(स्वर्भानु)だけはデーヴァに変装し、スーリヤ(सूर्य、太陽神)とチャンドラ(चन्द्र、月神)の間に座りました。ヴィシュヌがスヴァルバーヌにアムリットを与えた瞬間、スーリヤとチャンドラは偽者に気づき、ヴィシュヌに警告しました。ヴィシュヌは迅速に行動し、スヴァルバーヌの首を切り落としました。

残念ながら手遅れでした。スヴァルバーヌはすでにアムリットを飲み込んで不死になっていました。しかし、ヴィシュヌによって頭と体が切り離されたため、それらはラーフ(राहु)とケートゥ(केतु)という別々の存在になりました。それ以来、ラーフとケートゥはスーリヤとチャンドラを空で追いかけ、常に両者を飲み込もうと試みてい

ます。

物語は他にも面白い詳細がありますが、この投稿では、その天文的象徴性について議論したい部分に焦点を当ててみました。

天文学的象徴性

乳海の攪拌

デーヴァを空の光を放つ物体(星々)、アスラを光を放たない物体(暗黒物質)と考えて、両者が攪拌される様子を視覚化すると、渦巻銀河(より具体的には我々の銀河、つまり天の川銀河)を想起しませんか?

天の川銀河の形成シミュレーション

ハラーハラ

青黒く燃え盛る毒性のガスは、星や銀河の誕生と死の過程で生じる宇宙の燃えるような毒性ガスを強く連想させます。シヴァ神が毒を吸い込んで飲み込む行為は、我々の銀河の中心にあるブラックホールを思い出させます。

ダンヴァンタリとアムリットの瓶

ダンヴァンタリとアムリットの瓶の天文的な意義を説明する前に、星座と小星座について簡単に説明したいと思います。

星座とは、夜空でつながって面白い形を作る星の集まりです。空には無数の星がありますが、大きくて明るい星が目立ち、時にはそれらが地球から見て認識できる独特なパターンを作っています。

星は地球から遠すぎるため、夜空の星の相対位置は何千年も変わらず、太陽や月、水星、金星、火星、木星、土星など、地球に近い物体の動きを記録するのに、星座は貴重な参考点となります。

たとえば、太陽の地球周りの経路を示す12の黄道星座(ラーシ、राशि)があり、月の地球周りの経路を示す27の小星座(ナクシャトラ、नक्षत्र)があります。太陽は1か月ごとに1つの星座を通過し、月が地球を一周するのに27日かかるため、1日に1つの小星座を通過します。

ラーシは大きい星座で、それぞれ約30度の空間を占めます(30度 × 12の黄道星座 = 360度、つまり地球の一回り)。一方、ナクシャトラは平均13.33度を占める小星座です(13.33度 × 27のナクシャトラ = 360度)。

ナクシャトラは小星座(ラーシ内の小さな星座)または単一の星でもあり得ます。平均で1ラーシ内に2.25のナクシャトラがありますので、場合によってはナクシャトラが2つ異なるラーシにまたがり、半分が一方、半分が次のラーシに属することがあります。

27のナクシャトラ(自身がStellarium天文ソフトウェアを使用して作成した画像)

27のナクシャトラのうち、ダニシュタ(धनिष्ठा、字通りの意味:「非常に裕福」)とシャタビシャ(शतभिष、文字通りの意味:「百の薬師」)というものがあります。ダニシュタとシャタビシャはどちらもクンブ・ラーシ(文字通りの意味:「瓶の星座」、水瓶座のこと)に属します。

月の経路をたどると、ダニシュタが最初、次にシャタビシャ、そして水瓶座の「瓶」と続きます(瓶自体は水瓶座の一部にすぎず、水瓶座の領域にはダニシュタ、シャタビシャ、プールヴァ・バドラパダの小星座が含まれます)。

ダニシュタ、シャタビシャ、瓶(自身がStellariumを使用して作成した画像)

これがダンヴァンタリ(星界の薬師)がアムリットの瓶を持ち出す話と何の関係もないでしょうか?何等かの関係があると思います。

ラーフとケートゥ

ラーフとケートゥの物語は、古代インド人の日食や月食に関する理解を描いた話です。彼らは空を観察して、太陽と月が定期的に何かによって隠されるのがわかりましたが、それが何なのか分からず、光を放たない物体、つまりアスラだと考えました。

そして、他の(光を放つ)物体の動きの理解に基づき、見えないラーフとケートゥの動きも推定し、これに基づき日食と月食のタイミングを結構正確に予測していました。

タイミングが予測できたことは印象的だと思いますが、現象についての理解は間違っていましたね。実際日食と月食は影によるものです。

曖昧な結論

上記のものに基づいて、サムドラ・マンタンは我々の銀河と太陽系の様々な現象を語る物語ではないかと考えたくなります。物語に出て来る乳海から現れた他の「宝物」も、ナクシャトラや夜空の他の物体を示している可能性があると思いますが、ここに書くほどそのつながりが明確ではありません。もっと明確なつながりが見つかったらまた共有させていただきます。


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コメント

“乳海の攪拌「サムドラ・マンタン」:インド神話シリーズ” への2件のフィードバック

  1. みゆのアバター
    みゆ

    こんにちは😃こちらのブログにもお邪魔します😆
    ヒンドゥー教を知らない私たちにも、詳しく説明してくださって、
    いろいろ調査されて、すごいですね!
    ラーマーナヤは、以前アニメ作品もあるとの事をお聞きしました。
    謎の多い神話ですが、その分、解き明かしが興味深いです。
    そして、天文学的からの考察も、不思議な気持ちになります(*≧∀≦*)
    天の川銀河の美しさにも感動しました🌌

    1. Sadhanaのアバター

      みゆさん!いつも読んでくださってありがとうございます!!😀そうなんですよ、ヒンドゥー教の神話には謎が多いです。私もよく分からないものが沢山あります!🤔
      ラーマーヤナのアニメ作品は日本語字幕付きでこの間インド大使館で放映されたみたいですが、私も見逃してしまった。知っていれば絶対ブログで紹介していました。

      https://x.com/ICCR_Japan/status/1875003027062718786

      今度またいつか放映されたら紹介します!

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